現実(リアル)側ではお金はあるに越したことはない。
本当に沢山あるといろいろ別の問題があって、お金は一定額あればいい・・っていうのはお金がある人の台詞。
本当にお金がないと洒落にならんことになる。
・・とまぁ、リアルのお金の話をするのはおいといて。
ゲームのお金の話。
ゲームのお金は常に貧乏になってくれた方がシナリオは組みやすい。
お金があると物が買えてしまうので、『貧乏故に発想して解決する』というハングリー精神からのシナリオ解決が見えないのでGM側もあんまり面白くない。
困難を皆で知恵を絞って解決する姿が面白いのだけど、それを金で解決してしまうとちょっと興醒めなのだ。
なので、それ故に金持ち設定や貴族設定、お金が手に入りそうな設定はできるだけ初期設定では認めないようにしている。
実際にリアルでやらないからこそ、貧乏が面白いのであって、現実が貧乏ならあえてリアルと同じ生活を演じる必要はないかな・・と思う。
現実にはありえないから貴族や王族をやってみたいというのもあるだろうけど、周囲の参加者と不公平になるので認められない事が多いです。
参加人数少ない単発シナリオなら、それもアリだろうなぁ・・とは思うんだけどね。
ロールプレイで 依頼の達成時の報酬に『苦労をねぎらってくれる村人からの一杯のスープ』と『慇懃な貴族の投げ捨てる金貨』ならどちらが良いかという話で実利なら金貨だと思うのだけれど、プレイヤーからは一杯のスープを選択して欲しいと思ってしまうのは、吟遊詩人型のGM故なのだろうか・・。
システムバランスからの問題点はデザイナーズノート http://park11.wakwak.com/~fish/cgi-bin/treebbs3/wforum.cgi?mode=allread&no=9&page=0
のように、お金が沢山あるプレイヤーと、新しく入ってきたプレイヤーのお金の価値は違うのでお金の移動は非常に危険だし、お金のインフレは全てにおいてルーチンワークと倦怠感を生みかねない可能性を持っていると思う。
金貨一枚をめぐっての争いを 横から金持ち冒険者が(大富豪でもいいが)、「なにを金貨ごときで」と恵んでしまってはシナリオは別の方向へ行ってしまいます。
結局貧乏人の苦しみはお金持ちにはわからないというネタで終わってしまってはちょっと勿体無い。
ハングリー精神を持ちつつ、お金より人の気持ちを大切にしてもらいたいと願うのはご都合すぎか?