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  ジークス島戦記ロストクロニクルって?

 SOS2(スクリプトオブサーガ)というブラウザRPGを、『時間が合わない、時間が取れない、メンバーがいない』等、TRPGを遊ぶになかなか条件がそろわない人、そして、TRPGって何?という方まで、

『冒険者になりきって冒険世界を楽しもう!』という趣旨で展開されるファンタジーRPGシステムです。 ALFRED-SYSTEM自体は、その時代の可能なメディアでファンタジー世界を構築して楽しもうという趣旨で運営されるゲームシステムです。  ジークス島戦記自体は、多くの媒体で遊ばれましたが、CGIで運営されるのが、ロストクロニクルとなります。

参加料金はありません、『他の参加者と協調して楽しむ事ができる事が参加資格』、
趣味で運営しておりますので、同じ卓に集まった仲間とわいわいやれる場所を提供できればいいなと思っております。

もちろん、遊ぶにはお互いが楽しむ為の礼儀やマナーは身につけてね? ジークス島戦記ロストクロニクル

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ロードス島戦記の海外での位置づけについて考えていたら、当時の回顧録になっちまった件について

今回、ロードス島戦記オンラインのコメントを様々に見るにあたって、昔の事だがその位置づけと受け入れた各年代の受け取り方に多少差異がありそうなので気になったので別にまとめておく

まず、ロードス島戦記は最初、新和時代のD&Dの紹介記事の為に、リプレイという形で行われた コンプティークD&Dロードス島戦記リプレイが発端となります。*1
ロードス島戦記 - Wikipedia
詳細はWiki等を確認して頂くとして

元々がD&Dの紹介記事だったのが、リプレイという形態で独立して、ロードス島戦記RPGというシステムで遊ばれる形で D&Dから、独自ルールへ変化して、更にメディアミックスで、小説、OVAと、エルフの耳はロバの耳という、日本でのエルフのイメージを出渕裕氏が一新してしまう等、日本のファンタジーイメージの変革をもたらした作品群でもあります。

これ故に海外のRPG作品 スカイリムやオブリビオンでのエルフの描写格差にギャップを埋めれなくて洋ゲー苦手な人を生む原因になってるかもしれないし、そうでもないかもしれない原因がこの辺にあります。

さて、脱線しましたが、エルフのイメージを改変すると同時に、当時の日本の環境としては、コンプティーク新和*2D&D(日本語版)*3を雑誌で紹介しなければならないほど、TRPGというジャンルは知名度は皆無でした。
当時、D&Dの英語の原版を自分で翻訳できる人達がD&Dというゲームを遊んでいる以外は、映画E.TでD&Dで遊ぶシーンが搬入されていて、海外ではそのようなゲームが存在する、そのような程度でした。*4

さて、コンプティークのリプレイ掲載は1986年である、1986年とは、ドラゴンクエスト(いわゆるドラクエ)発売の年である、つまりがゲーム環境は当然、ファミリーコンピューター(つまりはファミコン初代)がそのゲーム機の母体として稼動していた時代である(ちなみにファミコン発売開始はその3年前の1983年である)
日本ではその年以前では、ゲーム機でドラクエのようなRPGは殆ど認識されておらず、更に遡るならばパソコンは現在のイメージのWindowsOSは存在せず マッキントッシュですら前年の84年発売である。後々にMS−DOSを経て、Windows環境が浸透していくまでは日本独自のパソコン環境が構築されていきますが、それも未来の話です。
その頃、海外ではアップルコンピューターでワイヤーフレームウィザードリー(アップルで1981年)やテキストスタイルでローグが遊ばれていた時代だったりします。
マッキントッシュが前年に発売されているので、一部のクリエイターや学術研究関連で大学、印刷関連で経費で落とされて導入されてたりの状況です。*5

ゲームを遊べるパソコン(マイコン)としてはPC-6001MK2SR(1983年)PC-8801MK2(1983年)が市場に登場しており、ホビー機として市場に浸透するPC-8801MK2SR(1985年)が発売され、その後のパソコンゲームの系譜へとつながる時代でもある。
パソコンやマイコンが20〜60万円台の高級品であり子供がおいそれと買って遊ぶような代物ではなかったが、1985年にPC版がウィザードリィがフロッピー版で発売されいていた頃である。
当時のフロッピー版はキャラが死ぬと即座にキャラデータが自動上書き保存される為、リセットが効かない鬼仕様であった。*6

RPG雑誌としては、当時タクテクスが存在し、RPGが独立してRPGマガジンとなる。
同様に読者参加ページを持つ『BEEP』等に若干RPGの解説や説明についての特集が組まれていた。これが後にRPG幻想辞典へとつながるのだが、当時の記憶を思い返す人もいるだろうか

パソコン雑誌としては色物の異色のコンピューター雑誌コンプティークに、ロードス島戦記が掲載されたのはそんな時代である。

子供が購入できる領域ではゲームブックが存在し、社会思想社の『火吹山の魔法使い』(1984年)が発売され、ファイティングファンタジーシリーズとして『ソーサリー』(1985年)が刊行され、さいころ片手に冒険をしていた時代である。
その頃、ゲームブックの後ろに無限の可能性として描かれていたD&Dの言葉に魅了されてしまったのが約一名いたりなかったりする。

…さて、状況としてはこんなだが、まとめると 社会現象としてのドラクエが浸透する前後の時代であり、大人のオタク層はウィザードリィを絶賛プレイ中であり、無限の心臓2(1985年)のようなRPGもパソコン環境では発売されていた、ドラクエですら、その製作者堀井雄二氏がウィザードリィ等のRPGの楽しさを伝える為に作られたといわれる程、RPGって何?(つまり頭脳戦艦ガルがRPGといわれる程、RPGの概念すら浸透すらしていなかった)という時代である。
ゲームブックという存在は、ドラクエの発売以前では、パラグラフタイプのゲームシステムとしてドラクエ以前のファンタジーを遊べる手段として浸透し始めていた、それと同時にその発展系としてD&Dというキーワードがゲームブックには端々に覗いていた時代である。

本題に戻るが、日本でもこのような状況で、TRPGやD&Dという言葉は、ロードス島戦記のリプレイの掲載までは知名度は低かった。そして、RPGという言葉は、ドラクエによって浸透し知名度を得て同時にかなり変質して理解されてしまったのかもしれない。
指輪物語が古典ファンタジーとして読まれており、ロードス島戦記はTRPGのD&Dの普及の為に始められたが、その後、メディアミックスによってロードス島戦記としての一人歩きを始め、ファンタジー作品として日本で知名度をある程度得るに至り、その過程でTRPGとしてではなく、ファンタジー作品として韓国で認識されたようである。

その経緯の違いが、今回、韓国で遊ばれているロードス島戦記の製作スタッフの作品の認識の違いにTRPGやソードワールド世界を知っている人間が見るロードス島世界と、OVAや小説のファンタジー世界の作品としてみた人達との製作への認識違いがあるのではないか?と思う次第である。

…とはいうものの、そんなことより、その時代のキーワードは、どれもたぶんおっさんホイホイだよなぁと思うので、釣られた人は、たぶんおっさんである。

*1:SNEへ水野 良氏の参加の経緯とか、ロードス島戦記のはじまりの持ち込みについてとか、いろいろ当時の話は伝聞で聞いてますが、あまりに過去の話で記憶も伝聞の過程もあいまいになってるから、今更の暴露話はたぶんやめておいたほうがいい気がする、たぶんどこぞのネットのログとかと同じくらいに信憑性がなさそうな気がする

*2:当時日本での版権を持っていた新和は非常に著作権に対して過剰反応を示しやすい体質で、その象徴的な例が、バスタードの鈴木土下座衛門事件ビホルダー - Wikipediaであろう 今にして思えば、海外著作権物の管理を、TRPG界のディズニーたらんと欲したのかもしれない 無理だったけど…結局、この新和の体質も遠因して、ロードスのリプレイはD&D側として発表することが著作権料の問題で難しくなりD&Dの関連商品として発売することはできずに迂回策を講じることになるのがロードス島RPGということになってくる

*3:現状では、クラシックD&Dと呼称されるのが一般的のようだ

*4:大学のサークルや一部の海外輸入品としてボードゲームを遊ぶサークルなどはその辺りをもっと早く知っている人達もいた筈なので、その辺は局所的な地域や所属する場所によって格差はあった筈ですが、一般にはまったく知名度がなかったものです、実際のところ今だって怪し… やめとこう

*5:このせいで、学校でウィザードリィにはまって単位落とした等の武勇伝が聞かれたり聞かれなかったりする

*6:灰と幻想のグリムガルはそんなウィザードリィの初期の仕様の世界ともいえます 今の大甘なゲームバランスではなくシビアだった時代もあったのです ライトプロテクトを使って回避するチート技も同時からありましたが…それはまた別の話