https://www.newsweekjapan.jp/watanabe/2020/07/post-67_1.php
イギリスの王侯貴族の振る舞いは、貴族ゆえに国を守る故の特権と権利を過去の歴史から勝ち得てきました。
これは、貴族ゆえに貴族の振る舞いとして、すべきことをし、雑事は、一般の専門職に全て任せることによって、ワークシェアリングするという、大雑把には、そう言う形を取っているとも言えます。
現代では殆ど失われた、貴族の義務
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5
故に貴族はゴミを拾いませんし、それは、清掃人の職を奪うことで、専門職の職や賃金を奪うことはしてはならないと昔はされてきました。
中世から、さらに進み、メイドの歴史もまた、興味深く、エマ ビィクトリアンガイド等、当時のメイドの歴史も立ち位置など、貴族と平民の明確な身分社会の制度について理解を深めるのは、この先の格差社会を理解する上で面白い資料となります。
https://spqr.sakura.ne.jp/wp/archives/279
結局、貴族は、貴族ゆえの身分を維持するには、あまりに多くの費用を負担しきれず、日本の士農工商の身分制度のように、貴族は貴族で居ることは難しくなっていきました。
さて、それは、歴史の話であって、日本の格差社会も進んでいけば、トイレ掃除や掃除は専門職に、これは一部使われているかたも居るでしょうから、是非はともかく、雑事に割くなら、それを代わりにしてもらって本来の仕事をすべき(或いはやりたいことをやる時間を確保する)
時間の価値は、高額報酬者ほど価値は上がるので、雑事は、金を払ってやってもらって時間を稼ぐのは間違いではありません。
大富豪は、時間を無駄に浪費させられるのを嫌います、時間は相手とはまた違った価値を持ちます、故にその時間を共有するだけの価値のある相手とその時間を共有することで利益を引き出せるなら相手をします。
この考えかたは世界が違うと思える人も、納得する人も、当たり前のことを何言ってんだ?という人もいるはずです。
ただ、多くの貴族的振る舞いは、イギリスでも、そうですが、多くの不満、反感もまた、あったなかで回っていました。
アメリカについては、もう、貴族が持つべき本来の振る舞いや義務は一切なく、権利は主張するが、義務は履行しないの最たるものです。
日本は、建前として国民全て、労働者として低賃金で働くことを求められているので、そのルールから、逸脱して上ってくるのを、出る杭は叩く、上級国民は、収入故の格差社会のレールが違うと言うことを無意識に知っています。
とは言え、建前としては、本人の努力というか、法の抜け道の理解次第で、ある程度は食い込めるというのが、制度的な格差社会の仕組みでした。
大学を出て、官僚として手腕を振るうのが、学歴社会のトップのステータスだった部分もあるのですが、そこにメスを入れてしまって、官僚独自の派閥人事にも政治家が介入出来ることで彼らのルールもかなり変わってしまったようです。
とは言え、官僚派閥利益は、国民の利益と合致しないのでこれはこれで問題ではあるのですが…。
故に、法の目を掻い潜って東大出は、起業家となって、会社を立ち上げ大きくする人もいれば、やり過ぎて犯罪者となってしまう人もいます。
逆を言えば、本人の才覚次第ではのしあがれる時代とも言えますが、それは、1~5%が富の独占を出来る時代であり、99%~95%は、昔より貧乏になるシステムということも言えます。
1~5%は、歓迎する制度であり、多くの人は、より低賃金化を自己責任で落ち込んだ(制度やルールを理解してリスクを取ってリターンを得なかった、自己責任で貧乏になった)と見なされます。
また、昔の成功者は、納税することが義務として高額納税と長者番付に乗ることがステータスですが、今の経営者トップはいかに節税として税金を納めないかコンサルタントと結託して定期的に、マルサに引っ掛かって修正申告するどころか、海外のタックスヘブンへ税金のがれする有り様です。
まぁ、税金の使い道をみるとやりたくなる気持ちはわからなくもないですが、それはともかく、まともに国が回らなく誰もが抜け道を探す正義や正しさを嘲笑う国は確実に衰退します。
そう言う社会を一部の人は求めていますが、その結果が今であり、多くの人は政治の間違いを感じるはずです。
しかし、同時に投票も行かず、政治を放置した結果でもあるので、九州のダムの是非同様、選挙と判断を軽視した結果が自分に襲いかかってきたという事になります。
少なくとも選択を自分達で選んでこの状況であり、かなり、致命的な状況に追い込まれていることも事実です。
その5%に踏み込むか、皆で貧乏に戻るか、なかなか、難しい問題です。
総中流ではなく、5%以外は等しく貧乏になる時代をどう生き抜くか、そう言う時代に自分達は投票で選んできたとも言えます。
まぁ、で、また、民主党みたいに、甘言に騙されて自分からさらに檻に飛び込んでいきそうな気もしますが、それが国民の選択なのかもしれませんね。
(ダムの建設中止は、コンクリートから人への、スローガンの元に、マスコミと民主党の主張を良いと選択した、或いは止めきれなかった結果とも言えます)
マスコミが中国の検閲の上で回っている以上、鵜呑みにするとこの先はかなり危ない道を進むことになりそうです。