視点が変わるのか、現場にいないからか、論考や理論を語るようになる時間があるという事は現場にいない時かもしれない。
現場にいれば語る前に遊んで考える時間はないのかも。*1
遊ばれている人の笑顔*2の前では、論考や理論は敵わないのではないかと。*3
この笑顔が大切で得がたいものなのかなぁと。
と思っている暇があったら、行動なのでしょうけれどもね。
*1:すごい毒的な帰結になってしまうのだけれども、論考や理論を語る時、現場にいるのだとすれば、その理論や論考を語るだけの行動をしていなければならないし(していなくても書けるけど)、それが出来なければ口先だけと思われていることになるので実際には難しいとも思います。なので現場にいれば言葉を選ぶか実際に出来る範囲の事を語っているのであれば、それはすごいなぁと思ってもいます。 故に一歩引いた視線から論考や理論は語りやすいかもとも思うのが理由なのですが… それと何故、TRPGを語る人達が議論をすると論争になっていってしまうのは何故なのだろうと以前から疑問に思ってもいます。折衝能力ではかなりの技量を持っている方々の筈なのですから ※補足:私は口先だけの楽をしたがりの人物です。論考や理論を書くつもりはないですし、もしここにそう思える要素があれば運営上のベクトルを加味して書かれたものかもしれません。
*2:自分だけの方が得やすいのでそっちに指向しがちですけども
*3:同時に論考や理論を軽視するつもりはまったくありません、笑顔へ導く為の様々なテクニックが書かれているものも相当数ありますし、大変興味深く拝見させて頂いています。 状況によってどう使い分けるか判断して応用するかが難しく、技量不足から、かならずその通りになるとも限らないのでもありますが。