惜しまれていた参加者が稀にNPCとなったり去る事は長期間のシステム上回避できないものではあります。
そしてシステムは道具であり、器であるに過ぎない事をいつも再認識させられます。
樽が無ければ様々な美酒を蓄える事はできないし、より深みを出すために時間をかけて楽しむ事もできません。
ですが、それよりも大切なのは、その時期での状況や合わさったメンバーで楽しむ事、その時でしか出来ない出来事とやりとりを皆で楽しむ事。
それぞれの思いやりと譲り合い、相手を楽しませる事で自分も楽しむ姿勢とそれによって生み出されるそれぞれの出来事を皆で楽しむ事。
ちょっとした言葉ややりとりの心づくしがどれだけ世界に可能性や面白さをもたらすか、そして、美味しい酒を造る事が目的ではなく、それぞれが協力して生み出された結果が美酒である事をそれぞれが理解しつつ楽しんでいく事。
その時期の状況や天候で全て決まってしまうと言い切ってしまうのではなく、合わさった全ての参加者それぞれによって生み出される偶然を楽しもうという気持ち。
毎年のそれぞれの時期と生み出される歴史や結果はそれぞれ参加者全員が居たからこそ生み出される偶然によって生み出される物語です。
そして、そこにはセッションとして様々な人達のそれぞれの行動とやりとりが様々な味わいを生み出します。
誰が欠けてもその色や味わいにはなりません、別の酒へと変わりまた移ろっていきます。
どのような美酒に酔うことが出来るのかはその時々でわかりません。
望む美酒を造るのではなく、その天候、時期で生み出されるその状況こそが貴重であり偶然で生み出された環境であり、そしてそれぞれが更に深みを出すために必要であることは言うまでもありません。
人の大切さはそれを失ったときにより強く感じます。
出会いと同時に人は別れを経験することは避けられない事実です。
人を根幹に据える以上、これは避けられませんが、この先、どのようにジークスは色を変え姿を変えて続いていくのでしょうか・・。
古き樽には古き樽の良さが、新しき樽には新しき樽の良さがあります。
そしてそれはその樽よりも、その中に蓄える酒があってこそ意味がある事は誰の目にも明らかでしょう。
どのような樽を使っても、美酒に酔う事はできます。*1
その出会いを大切にすることさえできれば。そう思います。
追伸:時間と余裕が取れた際の皆様の復帰をまたお待ちしております。*2
*1:現代科学とスーパーコンピューターの計算能力は、どの環境とどの季節変化がもっとも評価の高い美酒を生み出すかの計算算出が既になされています、勿論、それを狙う事もまたひとつの方法であり、それが否定されるものでもなく、またそう志向されていくものでもあるでしょう。ですが、その為に気候を人為的に変えたりすることは、世界全体への影響も、また現実問題としての限界もあります。美酒を得たいが為に選別することもまた、許容される限界もまたあると思います、勿論、可能な限り分析・研究を行い、地域への調整のうえでそれを目指す事が否定されるものでもないですし、皆で美酒を味わう為のあらゆる努力もまた惜しまないことは言うまでもありません。